ピアノ線とピアノ線材の強度、材質、成分に関する規格
ピアノ線は、鋼の線としては特に強度の高い仕様を持つ線材です。炭素含有量が0.60〜0.95%で冷間加工の炭素鋼線としては、最強の鋼線となります。名称にピアノとついていますが、工業用途としてはピアノよりも他の用途のほうが多く、ピアノや楽器の弦に用いられるものはさらに個別の要求仕様に応えた特殊な品質を満たしたものになります。これら楽器用のものは楽器での使用時の負荷や微妙な音の違いについても考慮されており、ミュージックワイヤーとも称呼され、他の用途とは区別されて扱われています。
ピアノ線の特徴
ピアノ線の種類
JISではピアノ線には、A種、B種、V種の三種類があります。V種は弁ばね用として利用を想定したもので、A種とB種とでは、B種の方がより高い強度(引張強度)を持ちますが、加工性は悪くなりますので、用途によって使い分ける必要があります。いずれも高い強度、耐久性、疲労強度をもつ鋼線となります。
ピアノ線の材料となるピアノ線材
大別すると、楽器用ピアノ線、ばね用ピアノ線となりますが、材料における成分上には大きな違いはなく、鉄鋼の線としてはいずれも破格の強度、品質を備えている線材となります。
なお、「ピアノ線材」はピアノ線だけでなく、オイルテンパー線やPC鋼線、PC鋼より線、ワイヤーロープの素材としても使われる材料となります。
使われる素材の材質が違う
ピアノ線の製造には、JISにてピアノ線材として規定されている18種類の高炭素鋼が使われます。鋼材は炭素量が多いものほど硬くなりますが(限度を過ぎると逆に脆くなります)、このピアノ線材として使われる鋼は、炭素含有量0.60%〜0.95%までの最硬鋼と呼ばれる材料です。
これだけの高炭素鋼を引き伸ばして作るという鋼材が、伸線加工を行う線材以外ではありえないのですが、炭素量のレベルだけ見ると機械構造用の炭素鋼よりも高く、工具鋼に匹敵するものとなります。
ただし、同じく鋼線である硬鋼線の素材とは違い、ピアノ線の材料には表面の傷や脱炭の状態についての細かい規格値が定められており、破断につながるようなウィークポイントをつぶす工夫が盛り込まれています。こうしたことから、破断するまでの引張強度、金属疲労、許容応力など、一般に流通する線材としては、重要部材として使われる鋼線となっています。
線径の許容差、偏径差の基準の精度がより厳しい
ピアノ線材としては、線径の寸法差は±0.30mm、偏径差は0.48mm以下となっており、ピアノ線としても、下表のとおり、硬鋼線と比べ、寸法精度がさらに精密になっています。
線径 | 許容差、寸法公差 | 偏径差 |
---|---|---|
0.08以上0.20以下 | ±0.004 | 0.004以下 |
0.20を超え、0.50以下 | ±0.008 | 0.008以下 |
0.50を超え1.00以下 | ±0.010 | 0.010以下 |
1.00を超え2.00以下 | ±0.015 | 0.015以下 |
2.00を超え3.20以下 | ±0.020 | 0.020以下 |
3.20を超え5.50以下 | ±0.030 | 0.030以下 |
5.50を超え8.50以下 | ±0.040 | 0.040以下 |
8.50を超え10.0以下 | ±0.050 | 0.050以下 |
外観に傷があってはならず、表面が滑らかであること
線そのものの外観についても、有害な傷や欠点があるものは除外されます。
線の傷の深さについて線の太さごとに基準値が設けてある
線径が1ミリ以上ものについては、許容される傷の深さが規格で定められています。
線径の範囲 | SWP-A、SWP-B | SWP-V |
---|---|---|
1.00以上2.00以下 | 0.02以下 | 0.01以下 |
2.00を超え3.00以下 | 0.03以下 | 0.02以下 |
3.00を超え4.00以下 | 0.04以下 | 0.02以下 |
4.00を超え5.00以下 | 0.05以下 | 0.03以下 |
5.00を超え6.00以下 | 0.06以下 | 0.03以下 |
6.00を超え8.00以下 | 0.07以下 | − |
8.00を超え10.00以下 | 0.08以下 | − |
ねじり回数の規定
線をねじっても切れない最低限の回数が定められており、また、ねじ切った破断面についてもその状態について規定があります。
ピアノ線の種類 | 線径 | ねじり回数 |
---|---|---|
SWP-A、SWP-B | 線径0.70mm以上2.00mm以下 | 25回以上 |
線径2.00mmを超え、3.50mm以下 | 20回以上 | |
線径3.50mmを超え、6.00mm以下 | 15回以上 | |
SWP-V | 線径1.00mm以上6.00mm以下 | 25回以上 |
脱炭層についての規定がある
線径0.7ミリ以上のものについては、脱炭層についても規定があります。脱炭とは、部分的に炭素量が足りなくなってしまっていることで、炭素量は強度に直接影響する成分であるため、ピアノ線では特に注意を要するパラメータです。
ピアノ線の種類 | 脱炭層の規定 |
---|---|
SWP-A、SWP-B | 有害な脱炭層があってはならない |
SWP-V | フェライト脱炭層があってはならない。全脱炭層の深さは線径の1.5%以下でなくてはならず、最大値は0.05mm。 |
ピアノ線材のサイズ
ピアノ線材と、ピアノ線とでは径の規格がまた異なります。詳細は下表のとおりです。
標準となる線材の径サイズ |
---|
5.5 |
6 |
6.4 |
7 |
8 |
9 |
9.5 |
10 |
11 |
12 |
13 |
14 |
ピアノ線の線径、サイズについて
三種類あるピアノ線SWP-A、SWP-B、SWP-Vそれぞれで寸法の範囲は変わります。
線の直径(単位:mm) |
---|
0.08 |
0.09 |
0.10 |
0.12 |
0.14 |
0.16 |
0.18 |
0.20 |
0.23 |
0.26 |
0.29 |
0.32 |
0.35 |
0.40 |
0.45 |
0.50 |
0.55 |
0.60 |
0.65 |
0.70 |
0.80 |
0.90 |
1.00 |
1.20 |
1.40 |
1.60 |
1.80 |
2.00 |
2.30 |
2.60 |
2.90 |
3.20 |
3.50 |
4.00 |
4.50 |
5.00 |
5.50 |
6.00 |
6.50 |
7.00 |
8.00 |
9.00 |
10.0 |
ピアノ線の成分
ピアノ線の母材は、どのクレードも0.60%以上の炭素を含有する高炭素鋼となりますが、化学成分が均一であること、偏析がないこと、不純物や非金属介在物が少ないことなど、要求されるグレードは相当高いものになります。このため、JISでも硫黄やリン、銅といった不純物が入ってもよい上限を設けています。
ピアノ線の強度
線の細いものほど、ピアノ線の強度は高くなります。これは減面率といって、ピアノ線になる前となった後との断面積の差が大きいほどに金属組織がより緻密に締まったものとなるからでもありますが、規格値にあるSWP-Bの最小のものでは3480MPaにもなります。
ピアノ線のSWP-Vは弁ばね用
弁ばねとは、自動車エンジンなどに使われるバルブスプリングのことで、このバネが壊れるとエンジンも止まってしまうという非常に重要な部材となりますが、エンジンの吸気バルブと排気バルブの開閉に関わる部分に使われているため、エンジンの回転にあわせ、毎分1000回〜数千回以上もの繰り返し応力を受けるという過酷な環境で使われます。エンジン性能によっては1分間に数万回という場合もあります。
自動車部品は部位によっては、自動車そのものよりも長い寿命を想定して作られますが、この弁ばねで、数十億回ものエンジンのバルブ開閉が行われることになります。狂うことの無い精密さと高強度、高耐久性が求められる代表的な用途です。
ピアノ線の用途
主要となる「ばね」の素材としての利用では、とくに高い品質、強度が求められる動荷重を前提としたバネの材料として使われます。
高級ばね全般、エンジン用の弁ばね、ディーゼル噴射ポンプ用バネ、自動車のクラッチバネ、ブレーキばね、各種機械の部品に使われるバネ類、計量器のバネ、釣り針、ガータースプリング、照明器具のスイッチ用バネ、ラジオやテレビ等の家電機器内のスイッチバネ、楽器(ピアノ、弦楽器)、切断ワイヤー用などがあります。
汎用的なバネや、静荷重が想定される用途では硬鋼線が使われます。
ばね等に使われる鋼線の種類と規格
強靭な性質を持つ鋼の線は、主にバネ用のものが規格化されています。硬鋼線もその一種類になりますが、以下のように、冷間・熱間の違い、炭素鋼線と合金鋼線の違いから用途に応じていくつかの鋼線があります。
ばね用鋼線の種類 | 冷間加工線 | 炭素鋼線 | ピアノ線 | SWP-A、SWP-B |
---|---|---|---|---|
弁ばね用ピアノ線 | SWP-V | |||
硬鋼線 | SW-A、SW-B、SW-C | |||
合金鋼線 | ばね用ステンレス鋼線 | SUS302-WPA、SUS302-WPB、SUS304-WPA、SUS304-WPB、SUS304N1-WPA、SUS304-WPBS、SUS316-WPA、SUS304N1-WPB、SUS631J1-WPC、SUS304-WPDS | ||
熱処理線 | 炭素鋼線 | ばね用炭素鋼オイルテンパー線 | SWO-A、SWO-B | |
弁ばね用炭素鋼オイルテンパー線 | SWO-V | |||
合金鋼線 | 弁ばね用合金鋼オイルテンパー線 | SWOCV-V(弁ばね用クロムバナジウム鋼オイルテンパー線)、SWOSC-V(弁ばね用シリコンクロム鋼オイルテンパー線) | ||
ばね用合金鋼オイルテンパー線 | SWOSC-B(ばね用シリコンクロム鋼オイルテンパー線)、SWOSM-A(ばね用シリコンマンガン鋼オイルテンパー線 A種)、SWOSM-B(ばね用シリコンマンガン鋼オイルテンパー線 B種)、SWOSM-C(ばね用シリコンマンガン鋼オイルテンパー線 C種) | |||
ばね鋼 | SUP6、SUP7、SUP9、SUP9A、SUP10、SUP11A、SUP12、SUP13 |
「JIS G 3522 ピアノ線」(1991年)に規定のある材料記号
「JIS G 3502 ピアノ線材(2013年改訂)」に規定のある材料記号
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