ステンレスの錆の原因と防止方法
ステンレスは、SUSともいわれ錆に特に強い特殊鋼に分類される鋼(はがね)ですが、全体が腐食していく「全面腐食」が起きないため、鉄のように錆が全面に広がってボロボロになるということは起きません。かといってステンレスが錆とは無縁というわけではなく、局部腐食と呼ばれる部分的な腐食によって錆が進行し、条件によっては材料自体を破壊してしまうこともあります。
ステンレスの錆の原因となる「腐食」ですが、これには主に以下のような種類のものが知られています。いずれも全体に一気に発生するのではなく、部分的に起きるため、局部腐食に分類されます。ステンレスの錆を防止するには、この局部腐食をいかにして防ぐかということになります。
その前に、ステンレスが錆になぜ強いかについて簡単にまとめておきます。
ステンレスはなぜ錆に強いか|それでもステンレスが錆びる原因
ステンレスが錆に強い理由
ステンレスが他の鉄鋼材料と違うのは、その表面が常に不動態皮膜とよばれる薄い膜で覆われており、これが防御壁となってステンレスそのものを守っており、この膜が破壊されなければ、腐食も進まず、錆も発生しません。こうした不動態皮膜が作られる金属を、不動態金属と呼んだりもします。また、腐食が活発の起きている活性腐食の状態から、腐食速度が大きく低下する現象を、不動態化と呼びます。
不動態皮膜|材料表面が薄い膜で保護されている
ステンレス以外の金属でも、条件によって不動態化が起きたり、あるいは、不動態皮膜と呼ばれる膜ができて錆びに強くなる金属はあります。チタンやチタン合金、アルミニウムやアルミ合金で見られる表面の保護膜も、不動態皮膜です。
ステンレスのもつ不動態皮膜は、破れたり壊れたりしてもすぐに再生していくため、他の金属に比べても腐食や錆びに対して強い材料となっています。
この不動態皮膜が容易につくられるのは、ステンレスの成分によるところが大きいです。ステンレスの定義のひとつに、クロムを12%以上含む鋼(国際的には、クロムを10.5%以上含み炭素が1.2%以下)というものがありますが、クロムを少なくとも11%以上含んでいると、ステンレス表面に安定した薄い酸化膜が作られます。この薄さは数nm(ナノメートル)というごく薄いものですが、成分としては三価クロムを主体に、水酸化物であるCrOOHとされています。
破られても、大気中の酸素と反応してまた形成され、水に含まれる溶存酸素とも結びついて、破壊と生成を繰り返して防錆効果を維持していると考えられています。
保護膜が壊れると腐食が進行
このおかげで、ステンレスは部分的な錆が発生したとしても全面腐食によって錆が全体に発生することがない材料となっています。ただし、ステンレス製の小さな部品や使用箇所などでは、局部腐食がそのまま部品全体に発生しているように見えるケースもあります。
ステンレスには100を超える種類のものが実用化されていますが、こうしたステンレスの種類によっても、錆びやすさや以下で説明していく個々の腐食現象に対する強さは違います。鋼としてのステンレスは、強度を上げたものの他、各種腐食にどのように耐性を高めていくかという観点からも開発されているため、さまざまな鋼種が存在し、なかにはより錆びやすくなる海水に強いステンレスも存在します。
ステンレスの錆の原因
それでもステンレスが錆びてしまう、腐食が進んでしまうというのは、この不動態皮膜が破壊され続け再生が追いつかないか、そもそも再生自体が阻害されてしまうような環境下に置かれたときです。
こうした不動態皮膜を破壊し、ステンレスを錆びさせてしまう腐食には以下の様なものが知られています。
ステンレスの孔食
つぶつぶの穴状の腐食が孔食(こうしょく)と呼ばれるものです。穴はピットとも呼ばれます。塩化物イオンの濃度が一定の範囲を超えると、不動態皮膜が不安定になり、この膜が破壊されたまま、再生されなくなります。
不動態皮膜に何らかの欠陥があったり、MnSのような非金属の物質が付着しているとこれら起点となって孔食が起きてしまいます。
具体的には不動態皮膜ができずにわずかに凹んだ窪みには、FeやCrの陽イオンが溶け出しているので、これらが陰イオンであるClをさらに引き寄せていきます。こうなると、塩化物イオンがピットに急速に吸い寄せられて、部分的に塩化物の濃度が異常に高くなってしまいます。これにより、余計に不動態皮膜が再生されにくくなります。
さらにピットと呼ばれる穴の中は、不動態皮膜で守られていないため、ステンレス本体のFeやCrのイオンが流れ出てきており、鉄イオンが水と反応すれば、鉄錆と同じように水酸化第一鉄が生成され、腐食と錆が進行していきます。ピット内のpHも低下しており、不動態皮膜を生成しようにも溶かされてしまって、うまく保護膜ができません。さらにこの低いpHによってピット内にできる錆自体も溶かされ、穴がどんどん深くなっていきます。
孔食は一度進行すると一気に進んでしまうことがあるため、注意を要する腐食です。
海水をはじめ、塩化物が多量に含まれている環境ではすぐに発生してしまうため、耐孔食指数(PRE)と呼ばれる、ステンレスの種類によって孔食の発生のしにくさを数字であらわした指標があります。こうした成分の面から、あらかじめ孔食に強いステンレスを使うと言うのもひとつの防止方法と言えます。
まとめると、この腐食は溶存酸素と塩化物イオンが存在する環境で発生するため、その防止方法としては例えば以下のようなケースが考えられます。
- 溶存酸素を除去する。
- 使用環境下において塩化物イオンの濃度を低下させる。
- 一緒に使う材料などから塩化物イオンが溶出しにくい素材に変更する。
- 耐孔食指数がもともと高いステンレスを使う。
ステンレスの粒界腐食
金属はその金属組織をミクロ的な視点で見た場合、結晶粒の集合体という見方ができますが、この結晶粒の境界面が「粒界」と呼ばれる部位です。
粒界腐食は、この粒界に起こる腐食のことですが、ステンレスでこれが起きるのは、溶接により熱をかけた際です。650℃近辺に加熱すると、ステンレスの表面に炭化クロム(Cr23C6)が浮き出てきますが、これによってステンレスの中にもっているクロムが外に析出部として出て行ってしまい、錆びや腐食に対して耐性を持たせるためのクロムが不足してしまいます。これによってステンレスを錆から守る不動態皮膜がうまく形成されなくなります。
溶体化処理と呼ばれる1050℃までさらに加熱することでこの現象は抑えることができますが、他の防止方法としては、粒界腐食を起こしにくい種類のステンレスを使うという方法もあります。
- クロム析出するような加熱をした後に溶体化処理を実施する。
- 低炭素ステンレス鋼や安定化ステンレス鋼といった粒界腐食を起こしにくい材料へ変更する。
ステンレスの隙間腐食
隙間腐食とは、その名のとおり隙間に起きる特殊な腐食ですが、ステンレス同士の隙間のこともあれば、他の金属や非金属材料との隙間、あるいは錆びやスケール、汚れや異物の界面、析出物の周囲などに発生することもあります。
一言でいえば、酸素の濃度が違う箇所では、酸素濃淡電池作用と呼ばれる電流の流れが発生し、アノード側になった部分(ここでは隙間部分)で腐食が進んでしまう、という現象です。
ここで言う隙間とは、数十ミクロン程度のもので、ステンレスでは40ミクロン程度の隙間とされる説もあります。
ステンレスの場合の発生原理としては、まずは隙間での酸素不足によって不動態皮膜が安定して作られなくなり、隙間以外の不動態皮膜の部分と酸素濃度が異なることになり、アノードとカソードによる酸素濃淡電池が形成されます。これは水中と大気の境界線上におきる水線腐食とも原理は似ています。
金属腐食は、電池の原理で見るとわかりやすいです。例えば、乾電池においてアノード(陽極=マイナスの負極)とカソード(陰極=プラスの正極。※陰陽とプラス・マイナスの関係が反転しているので注意)に負荷をかけて電気を取り出すと、電池作用によって、アノード側が腐食していきます。
隙間腐食では、隙間となるアノード側に酸素がなくとも腐食が進行してしまいます。防止方法としては例えば以下のような方法が考えられます。
- そもそも隙間ができないようにする
- 汚れやゴミを微細なものも含めて取り除く
- ステンレスとあわせる側にも耐隙間腐食に優れた材料を使う(例えば、シリコーンゴム、テフロン、クロム含有量の多いステンレスなど)
- 塩化物や酸化剤の濃度低下
ステンレスの応力腐食割れ
応力腐食割れとは、腐食だけでなく、ひび割れ等の形で腐食が進行している部位が突然破壊されてしまう現象です。材料の要因、応力の要因、環境の要因の3要素が運悪く重なってしまうと発生することがある材料にとっては致命的な腐食のひとつです。
ステンレスの応力腐食割れは、腐食としてはまず溶接などによって材料に粒界腐食かその前兆が起きていることが前提となります。腐食による溶解で材料の弱った部位に、材料に残っている応力が作用してその部位がさらに破壊されていきます。応力腐食割れにも、腐食が先行するタイプと、割れが先行するタイプがありますが、ステンレス、特にSUS304をはじめとするオーステナイト系ステンレスはこのように粒界腐食がさきに進んでいくタイプです。
粒界腐食のほか、環境要因となる酸素と塩化物もステンレスも複合的に腐食を進行させていきます。
ステンレスの材料に起因する粒界腐食、加工時や溶接時などに残っている応力、環境中にある溶存酸素と塩化物イオンというこれら3つが重なって応力腐食割れにつながります。
したがって防止方法としては、上述したような粒界腐食を防ぐ方法がまず考えられます。
また、次に溶接時をはじめとする加工時に残留応力が残らないようにする方法、また溶接時にクロム炭化物が析出しにくいような溶接方法を採用するといった対策も考えられます。
さらに、孔食を防止する手法でも記述した溶存酸素の除去、塩化物イオンの濃度低下といった手法も環境要因での対策として効果があります。
ステンレスの微生物による腐食
近年の研究では、さびの発生には微生物が関わるものがあることが分かってきています。錆の多くが複合的な理由が混ざっているケースが多いため、今までは単一の原因と思われていたものが実は複数の原因で錆びや腐食を発生していたというようなことが分かってきています。
微生物による腐食もその一例で、隙間腐食等との区別がつきにく特徴があります。
ステンレスの場合、鉄酸化細菌やマンガン酸化細菌といわれる好気性細菌が腐食に関与することがあると見られています。微生物が作り出す代謝生成物である過酸化水素水が周囲を酸性にすることもそうですが、菌が繁殖してスライム状の塊をつくりステンレス表面に付着したり、バイオフィルムと呼ばれる微生物の塊を作り出すとこれらが環境によって高い電位を持つようになって腐食を進行させるものと見られています。
ただ、殺菌が十分になされている水道水ではこの微生物腐食は見られません。
- 殺菌を十分に行う
- バイオフィルムと思しき汚れやゴミをきれいに除去する、付着させない
相手側を錆びさせる異種金属接触による腐食
ステンレスと他の金属を接触させて継ぎ手などの部品に使っている場合、ステンレスのほうが貴な金属となっている場合、相手方の金属を腐食させてしまうことがあります。
ステンレス鋼は材料としてかなり電位が高い材料です。例えば以下のような組み合わせで接触させた場合、ステンレスに接する相手方の金属が腐食していくことが考えられます。
- ステンレス−炭素鋼
- ステンレス−鋳鉄
- ステンレス−黄銅(※ただし青銅や純銅、脱亜鉛黄銅などの貴な銅であれば問題なし)
- ステンレス−アルミニウム
- ステンレス−スズ
- ステンレス−鉛
- ステンレス−鋳鉄
こうした組み合わせで直接金属同士を接触させる場合、絶縁処理などを施し、異種金属接触腐食が起きないよう対策を講じておく必要があります。
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