樹脂におけるソルベントクラックの原理と対策
ソルベントクラックとはケミカルクラックともいい、どちらも違いはなく広義には環境応力破壊(Environmental Stress Cracking)に分類され、略してESCとも呼称されます。これは樹脂、プラスチック製品で見られる「割れ」の現象のひとつですが、ソルベント(溶剤、溶媒)の名称が示す通り、プラスチックの種類+ふれる溶剤+応力の3つの要素が重なることで発生する破壊現象です。
- プラスチックの種類
- 薬品の種類
- 応力
プラが薬剤に触れることで何の前触れもなく、本来の強度を維持できずに突然割れてしまう現象であり、材料選択でも用途によっては死活問題となる重要なポイントとなります。
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クラックの発生原理
樹脂はいわゆる高分子材料に分類される材料ですが、何らかの薬品や溶剤に触れたり浸されると、プラスチック表面からそれら薬剤が浸透していき、プラスチックそのものを膨潤させたり、溶解させたりします。溶解させる場合はそのまま見た通りの損害となりますが(寸法変化など)、非常に小さな膨潤の場合は見た目にはほとんどわからないミクロの世界での出来事になります。
膨潤が起きるとともに、プラスチックを構成する分子が動きやすくなり、分子をつなげている鎖が膨らんだ挙句、切断されてしまいます。これによって目に見えない小さな割れがプラの表面に発生することがあります。ここでさらにプラスチックにかかっている応力が作用して、小さな割れが目に見えるクラックへと変わっていきます。ソルベントクラックが発生する原理はこのように、薬剤により分子鎖が切断される、応力がかかる、という二つの条件がそろう必要があります。
さらにいえば、プラスチックの種類によっては膨潤が起きにくいものもあるので、薬剤とプラスチックの組み合わせが条件となります。
例えば、ポリエチレンがある種の洗剤と触れるとソルベントクラックを起こすことがありますが、これはその洗剤とポリエチレンの組み合わせも要因となっています。
なお、この溶解や膨潤のしやすさというのはプラスチックのSP値と薬品のSP値が似ている場合、親和性がよくなるため、発生しやすくなることがあります。すべてに当てはまるわけではないのですが、溶解・膨潤の一つの目安として使われることがある指標です。
想定以下の負荷で破壊される危険な現象
材料の強度や安全に使用できるかどうかを見る上ではソルベントクラックは検討必須ともいえる項目で、物理的には十分な強度があると見積もっていても、プラスチックと薬剤の組み合わせと応力によって、たいした応力もかかっていないのに、プラスチックが割れてしまっていることがあります。
クラックは鋭角の状態のものができますので、こうした割れが起きた材料の最深部となる切り欠け部には応力集中が起きるため、わずかな亀裂がいっきに大きなクラックに至ることも多々あります。ソルベントクラックの破断面というのは、拡大して観察してみると複雑な破面で構成されているように見えて、個々の凹凸の部分はスパっと平坦にきれています。
またこれはいつ起きるか分からない点も恐ろしい点で、各種の不具合やトラブルの要因となり得ます。いったん、薬品と接触してプラスチックの表面に目に見えない膨潤と分子鎖の切断が起きていても、応力がたまたまかかっていなければ、クラックは起きません。ただ、応力がかかれば、いつクラックしても不思議ではないため、その兆候もつかみづらいという問題があります。
ソルベントクラックの対策
ある種の用途で、プラスチックの耐薬品性や薬品のSP値との類似性が重視されるのはこうした不意のクラックを防ぐためでもありますが、対策としてはプラスチック+薬品+応力の共存状態を作らないこと、に尽きます。
プラスチックと薬品の組み合わせ
プラスチックを薬品にひたした場合、クラックが発生することになる限界のひずみ(歪み)量があり、これを臨界歪みといいます。臨界歪みの大きい材料と薬品の組み合わせにすることもソルベントクラックの対策になります。ただしこの場合、クラック発生に時間を要するので、長期間経過した後にいきなりクラックが起きて事故等がないよう留意が必要です。
結晶性プラスチックよりも、非晶性プラスチックで発生しやすいことが知られていますが、耐薬品性の強い材料を選択することである程度は緩和できます。
また、似た物性を持ちつつ、そもそもソルベントクラックに強いプラスチックを材料として選ぶのも一つの方法です。
フェノール樹脂(PF)、フッ素樹脂(PTFE、PCTFE)、PPS(ポリフェニレンスルフィド)、PEEK(ポリエーテルエーテルケトン)、PAI(ポリアミドイミド)、PEI(ポリエーテルイミド)等は薬品に強いプラスチックとして知られています。
応力に留意
設計上、応力が集中するような箇所を作らないようにしたり、特に樹脂やプラスチックを使用する箇所には応力がなるべくかからないようにするというのも対策になります。ネジ締めやインサート構造といった部分がいる場合、そこが本当にそのプラスチック材料である必要があるのか、代替材料がないのか、材料の種類とその組み合わせを検討するのも一つの方法です。
薬剤が触れないような構造に変える
薬剤とは接着剤、洗剤、薬品、様々なものが想定されます。こうしたものが本来かかることを想定していないのであれば、プラスチック自体に薬剤がかからないような設計に変えてしまうのも一つの方法です。
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